関数

正直、今コロナに出てきている数理には疎い。

なぜグーグルが今後の感染者数を予測できるのか、なぜ人との接触を8割減らせば感染増加は押さえられるのか、なぜ夜の飲食店を押さえれば感染爆発は押さえられるのか、ほとんど理解できてない。

そこにあるいろんな関係は、とりあえずは、なんらかの関数で表現され、そこにいくつかの値を代入すれば、とりあえずなんらかの答えが出る。それを指針として国のかじ取りをする方々は方策を練ってるのだろうとなんとなく推測する。

そして、代入してもなかなか答えが出てこない管数もあるのだな、と実感もしている次第。

2021年

年が明けた。とはいえ日にちが変わっただけ。この膨大な宇宙のなかの時間の経過のとてつもなく小さなひとつに過ぎない、などと国際宇宙ステーションのクルーは考えるのだろうか。

昨年は人生でとても困難な年であった。生き死にのことを考えなければならかったことから、個人的にとてもわずらわしいお金にまつわるごたごた。
そんな地べたを這うように生きている人がその窓から見える地球にいることを国際宇宙ステーションのクルーは気づいているのだろうか。

とはいえ、ほんの、ほんとにほんのわずかだろうが、わたしも宇宙にあるいろんな真理に読書や経験を通して触れることができる。
国際宇宙ステーションのクルーも、きっといくばくかの人生のごたごたを背負って生きているはずだ。

2021年のはじめ、なんとなく、そんなことを考えた。だからなんなのか、自分でも正直よく分からない。
分からないけど、命ある限り今年もいろんなことを知る努力をしたいと、心から思う。

植木等

若い人は知らないだろうが、その昔、植木等というコメディアンがいた。ネットからの引用だけど「1962年、東宝映画『ニッポン無責任時代』」に出演。大ヒットととなり、その後、数多くの『無責任シリーズ』に出演している」みたいな人で、「日本一の無責任男」との賞賛も受けていた。

そんな彼に幼い頃、本当にとてもあこがれを抱いていた。でもどうあこがれていたのか、改めてメモしようとすると、なかなかむずかしいことに気づく。
いまダウンタウンのハマちゃんがCMでやっているような「スーダラ節」のポーズも気に入っていたし(実家の小さな商店の従業員の前で、調子に乗ってなんどそれを披露したことか)、「おじゃましました」なんて決めゼリフもツボにはまっていたのだろう。

ときは高度成長の時代。幼いわたしのみならず社会が、無責任という彼の言葉を受け入れたのだ。
人々は会社に忠実たらんサラリーマン社会への不満を自虐的に受け入れたのだろうか、あるいは逆にその無責任さ、いわば自由奔放さに社会の将来の希望を託したのだろうか。

いずれとも分からない。でも、「安倍氏 国会断言『総理大臣の答弁は全て責任伴う』」→秘書がやりました」(マスコミ)とは間違いなく違う、無責任男へのあこがれだったと思う。

安倍前首相答弁、文字起こし

「道義的責任を痛感している。国民と全ての国会議員に心、空を詫び申し上げたい」

ちなみに「こころない」のネットでの解説
1 思慮がない。無分別である。
2 他人に対して思いやりがない。情がない。
3 情趣を解しない。無風流である。
4 人間の心をもっていない。無情である。
5 私意・私情をもたない。ふたごころがない。

うーん、5はちょっと違うか。

都医師会「真剣勝負の3週間」

東京都をはじめコロナ最前線の医療関係者の苦労はマスコミの映像などを通じて身に浸みて分かる。なんとか感染拡大を食い止めたいとの思いで作られたキャッチコピーなのだろう。
だがこのキャッチコピー、どうもいただけない。この3週以前からも、医療関係者は真剣勝負を続けてきたはずだ。なのになぜことさら今、「真剣勝負」をうたうのか。
つまりは「勝負の3週間」を政治的に口にしている人たちの尻馬に乗らないで欲しいのだ。

そもそも、一体、政府はこの3週、なにをしてきたのか。管さんをはじめその権力の中枢にいるほかの政治家は一体なにをしてきたのか。

わたしには、「声はすれども管他は見えず」にしか思えない。

(注:「声はすれどもガースたは見えず」と読んではいけない、笑ってもいけない)

喪中はがき


 母が今年六月老衰で他界いたしました。享年九十一歳でした。
いろんなものを作るのが好きな母で、干支のちぎり絵や様々な風景の刺繍をクリニックに届けてくれたものです。
 写真の詩もすべて母が創作したものです。わたしが小学校を卒業するまでの3年間、優秀賞として校門に掲げられていました。元の詩はもっと長かったのですが、ダイジェスト版になっています。横にいるのは小学3年生のわたしです。
頭で隠れていますが、わたしの名前がそこにあります。
つまり母は詩の宿題ができずにいた馬鹿な息子に助けの手を差し伸べたゴーストライターだったのです。
わたしにとっては、こんな風な”賢母”でした。
 でも今や本当のゴーストライターになってしまいました、などといういくぶん不謹慎な冗談も、きっとジョーク好きで優しい母ならひと一倍喜んでくれていることでしょう。
 そんな母をこの正月は家族で静かに偲びたいと思います。
 みなさまにはよい年が訪れますようお祈りいたしております。